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☆★新政府づくりへの妥協が成立
Iraq lawmakers approve deal to form new government
AP 2010年11月13日 (米東部時間)
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http://news.yahoo.com/s/ap/20101113/ap_on_re_mi_ea/ml_iraq
by Bushra Juhi, Associated Press
Sat Nov 13, 3:46 pm ET
バグダッド発、AP
互いに反目する全会派をマリキの率いる新政府に押し込もう、という妥協案が15日、イラク国民議会の議員たちに承認されたが、スンニ派をどう処遇するかについては意見の不一致を残した。
この妥協案は、新政府が樹立されないまま、宗派対立の再燃が懸念されるなかで、8ヶ月続いた膠着状態を打開するもの。しかしこの合意は、根深い相互不信ゆえに、破滅の瀬戸際まで来てやっと達成された。
スンニ派に支持されたイラキーヤ会派は、11日に会合から退席したあと、13日の会合をボイコットするとほのめかしていて、新政府に参加しないおそれもあった。
イラキーヤのメンバーは、マリキのシーア派連合に裏切られたと述べ、新政府では自分たちが日陰に追いやられるのではないかと疑っていた。
異なる意見を調整するために、主要勢力のリーダーが13日に会合を開き、なんとか同意をとりまとめた。その日の内に国民議会が招集され、イラキーヤも出席して、パワーシェアリングの合意に賛成票を投じた。
「前回の会合では誤解があった」とイラキーヤの広報担当が表明した。ハイデル・アル・ムッラー議員は、「全国民的な統合政府を樹立するため、われわれは積極的な役割を担うことを強調する」と語った。
この日の議会への出席者や合意を承認した議員の正確な数はまだ不明で、その全容は新政府に報告されるという。
今回の合意によると、マリキ首相とタラバニ大統領は現在のポストに留任し、国民議会の議長ポストと、マリキ政権のチェック役となる委員会のトップはイラキーヤに割り振られる。イラキーヤを率いるアラウィが、その後者の職務に就くとみられる。
しかし12日に行われたCNNへのコメントのなかで、アラウィはマリキ政府には参加しないだろうと述べ、パワーシェアリングについても「死に体」だと評していた。アラウィは15日の議会には出席しておらず、別の議員はアラウィは出国したと話した。
アラウィは欠席したが、イラキーヤの幹部によると、他の議員の過半数は出席したという。
13日の議会は、さらに、立候補を取り消されていたイラキーヤの3人のメンバーについて、立候補禁止措置を解除することを決めた。マリキと同じシーア派政党のハジ・アル・アマリ議員が明らかにした。立候補禁止措置を解除するかどうかが、イラキーヤの議員が11日の会合を退席した理由でもあった。
オバマ大統領が今回のパワーシェアリングを賞賛した翌日、イランのアハマディネジャド大統領もこれを支持し、この合意を「イラク国民の偉大な勝利」と形容した。
イランの国営放送IRNAによると、アハマディネジャドは14日にマリキ首相およびタラバニ大統領と電話で会談し、彼らに祝意を伝えたという。
イランはバグダッドにシーア派の政権を確保する方策として、マリキが続投にむけて奔走するのを支持してきた。イランはまた、新政府のなかでスンニ派を脇に追いやるための画策も行っている。
2010年11月16日火曜日
議員たちは権力共有に望み託す AFP
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☆★議員たちは権力共有に望み託す
Iraqi MPs salvage power-sharing pact after walk-out
AFP 2010年11月14日 (米東部時間)
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http://news.yahoo.com/s/afp/20101114/wl_afp/iraqpoliticsgovernment
by Salam Faraj - Sun Nov 14, 9:05 am ET
バグダッド発、AFP
イラクの国民議会議員は、かつてのライバルが議会を退席した数日後、パワーシェアリング(国家権力の共有or分割)という妥協案を崩壊させないよう、マリキ首相を首相として続投させると発表した。
この妥協案は10日に署名されたものの、成否が危ぶまれていたもので、オバマ大統領を含む世界の指導者たちからは、3月の選挙後に新政府が樹立できない状況が続いていたため、一歩前進として賞賛された。
妥協案に合意した3つの会派のリーダーは、13日の議会開会前に会合を開いて、異見を調整したあと、スンニ派の支持を集めるアラウィ元首相の会派からの抗議に対処した。
議員たちの賛同が表明されたあと、議会の幹部がAFPの取材に応じ、アラウィ元首相の率いるイラキーヤのメンバーが、自分たち60人の会派が退席した理由を説明する声明を読み上げた。
イラキーヤ所属の国民議会議員であるハイダル・アル・ムッラーは、「われわれが退席した理由は、合意事項の実現をめぐって認識の違いがあったからだ」と述べた。
匿名で取材に応じた議会の幹部は、現時点でパワーシェアリングに合意しているのは、総数325人のうち約250人だ」と話した。なぜ75人が合意していないのか、また彼らの所属会派がどこなのかは、まだ分かっていない。
さらにムッラーは、バース党と関係があるとして3月の選挙に立候補を取り消された3人のイラキーヤ幹部が、10日以内に復帰するだろう、と語った。
会派代表者会議の次回会合は、11月21日に予定されている。
パワーシェアリングという妥協案は、シーア派のマリキ首相とクルドのタラバニ大統領を留任させ、スンニ派アラブ人から国会議長を選出するよう提案している。 またアラウィを誘うための餌(えさ)として治安を監督する新たな法的機関を創設した。
3月7日の選挙でからくも第1党になり、スンニ派地域で最多議席を獲得したアラウィ率いるイラキーヤの同意は、宗派対立の再燃を防止するために不可欠だと見られている。
サダム・フセイン政権を支えたスンニ派アラブ人は、2003年の米軍侵攻以後、反米ゲリラ勢力の温床でもあった。
11日の会合は選挙後2度目のものだが、マリキとアラウィが並んで着席し、良い雰囲気でスタートを切った。
だがスンニ派アラブ人でイラキーヤに所属するオサマ・アル・ナジャフィが議長に選出された直後、その扱いにイラキーヤが不満を表明したことで非難の応酬が始まった。
イラキーヤは、大統領が選出される前に、立候補を禁じられた3人の幹部の復帰が実現されるべきだと主張した。そしてこの要求が受け入れられなかったため、60人の議員が退席した。しばらくして、残った議員たちはタラバニを大統領に再選する投票を始めた。
☆★議員たちは権力共有に望み託す
Iraqi MPs salvage power-sharing pact after walk-out
AFP 2010年11月14日 (米東部時間)
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http://news.yahoo.com/s/afp/20101114/wl_afp/iraqpoliticsgovernment
by Salam Faraj - Sun Nov 14, 9:05 am ET
バグダッド発、AFP
イラクの国民議会議員は、かつてのライバルが議会を退席した数日後、パワーシェアリング(国家権力の共有or分割)という妥協案を崩壊させないよう、マリキ首相を首相として続投させると発表した。
この妥協案は10日に署名されたものの、成否が危ぶまれていたもので、オバマ大統領を含む世界の指導者たちからは、3月の選挙後に新政府が樹立できない状況が続いていたため、一歩前進として賞賛された。
妥協案に合意した3つの会派のリーダーは、13日の議会開会前に会合を開いて、異見を調整したあと、スンニ派の支持を集めるアラウィ元首相の会派からの抗議に対処した。
議員たちの賛同が表明されたあと、議会の幹部がAFPの取材に応じ、アラウィ元首相の率いるイラキーヤのメンバーが、自分たち60人の会派が退席した理由を説明する声明を読み上げた。
イラキーヤ所属の国民議会議員であるハイダル・アル・ムッラーは、「われわれが退席した理由は、合意事項の実現をめぐって認識の違いがあったからだ」と述べた。
匿名で取材に応じた議会の幹部は、現時点でパワーシェアリングに合意しているのは、総数325人のうち約250人だ」と話した。なぜ75人が合意していないのか、また彼らの所属会派がどこなのかは、まだ分かっていない。
さらにムッラーは、バース党と関係があるとして3月の選挙に立候補を取り消された3人のイラキーヤ幹部が、10日以内に復帰するだろう、と語った。
会派代表者会議の次回会合は、11月21日に予定されている。
パワーシェアリングという妥協案は、シーア派のマリキ首相とクルドのタラバニ大統領を留任させ、スンニ派アラブ人から国会議長を選出するよう提案している。 またアラウィを誘うための餌(えさ)として治安を監督する新たな法的機関を創設した。
3月7日の選挙でからくも第1党になり、スンニ派地域で最多議席を獲得したアラウィ率いるイラキーヤの同意は、宗派対立の再燃を防止するために不可欠だと見られている。
サダム・フセイン政権を支えたスンニ派アラブ人は、2003年の米軍侵攻以後、反米ゲリラ勢力の温床でもあった。
11日の会合は選挙後2度目のものだが、マリキとアラウィが並んで着席し、良い雰囲気でスタートを切った。
だがスンニ派アラブ人でイラキーヤに所属するオサマ・アル・ナジャフィが議長に選出された直後、その扱いにイラキーヤが不満を表明したことで非難の応酬が始まった。
イラキーヤは、大統領が選出される前に、立候補を禁じられた3人の幹部の復帰が実現されるべきだと主張した。そしてこの要求が受け入れられなかったため、60人の議員が退席した。しばらくして、残った議員たちはタラバニを大統領に再選する投票を始めた。
2010年10月7日木曜日
史上最悪の犯罪
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☆★史上最悪の犯罪の一つ
One of History's Greatest Crimes
by Stephen Lendman 2010年9月26日
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http://www.uruknet.info/?p=70149
September 26, 2010
アメリカの隠された歴史は醜く、穏やかならざるものがある。どの国もこれに追随できない。イラクに対してだけでも、この20年間にわたって、大量虐殺と破壊、テロル、占領、そして汚染が現在に至るも続いており、それはぞっとする恐ろしい犯罪の連鎖だが、西側諸国の公式談話には取り上げられることもない。
環境工学を研究しているソアド・N・アル・アッザウィ教授は、『世紀の犯罪--イラク占領と劣化ウラン汚染』と題する報告のなかでそれを取り上げたが、アメリカの犯罪を克明に記録したものとなっている。
アメリカの戦略的目標について、彼女は次のように説明する。
・世界の石油資源と他の天然資源の大半を支配すること
・世界の人口の8割が住む3つの大陸が交差する中東地域に、永遠に居座り続けること
・もし上記2つの目標が達成されるなら、アメリカが世界経済を支配するか、それに等しい事態になるだろう
劣化ウランが広い範囲で使用されるなら、その放射能汚染と化学的毒性ゆえに、それは大量破壊兵器と言える。
食料、空気、水その他を媒介として摂取ないし吸引されると、人体にとりこまれた劣化ウランは何十年も体内に残ることになる。その危険性を報告した既存の論文は、次のURLからリンクすることができる。
http://sjlendman.blogspot.com/2006/01/depleted-uranium-hidden-looming_16.html
この論文は、劣化ウランの継続的使用は地球の生命を絶滅させるだけの潜在的能力を有しているが、その危険性はまだほとんど知られておらず、1991年の湾岸戦争を皮切りにして、アメリカが戦争を起こすところでは、兵器の一部としてミサイルや爆弾、砲弾、弾丸に使用されるのが常態化している。
その危険性は、使用後も残存する放射線から派生する。劣化ウランを使用した弾頭が目標物を貫通すると、その衝撃によって、霧のように飛沫化して飛び散り、周囲の空気、水、土壌を汚染する。それは顕微鏡の世界かそれに近い状態で、永久に続く。
放射能の粉塵となっては大気中に拡散されると、その汚染たるや、激しい頭痛から筋肉痛、疲労全般から重傷の出生異常、感染症、鬱(うつ)病、心血管症、さらには多種多様なガンまで、事実上ありとあらゆる病気を引き起こすことになる。それゆえの身体障害と死も永遠に引き起こされる。
イラクにおけるだけでも、この20年の間に、何百、いや何千トンもの劣化ウランが使用され、国中を放射線が照射し、一部の地域では他の通常レベルを上回っている。2009年10月、マレーシアのクアラルンプールで開かれた、戦争犯罪をめぐる国際会議における彼女の報告の中では、アッザウィ教授はアメリカとイギリスを非難して次のように述べた。
「20年間の長きにわたって、意図的に放射能を使った兵器と制裁によって、じわじわと死に追いやられ拷問されてきたが、それはイラクの国民全体をターゲットにしていた。(こうした)兵器の連続的かつ意図的な使用は、汚染された地域においては、一般住民に対して、戦闘終了後も何十年間も健康被害を及ぼすことになるため、人道的犯罪とされている。」
放射線は、事実として、まだ生まれていない世代に対しても、現在生きている人間に対してと同様、永久に影響を及ぼすのである。
湾岸戦争の期間には、約320トンがイラク南部で使用され、バスラ一帯を汚染した。湾岸戦争後、包括的な調査が行われ、特にバスラ市内とその周辺で検査された結果は、
--ガンマ線レベルが異常に高い。
--39地点で採取された土壌が、自然界での放射線レベルより高かった。
--用水路の堆積物の表面からも、自然界レベルより2倍ないし3倍の放射線が測定された。
汚染が広がって、その地域住民の45%以上とイラク軍兵士、そして多国籍軍の兵士に影響が出ている。結果として、劣化ウラン酸化物で被爆した兵士(および一般住民)は、1000人につき70人の割でガンを発症すると観られている。おそらく発生率は高くなり、他の病気や伝染病とのとの合併症もあるだろう。
その後のバスラにおける追跡調査では、子どものあいだで悪性腫瘍の発生率が5倍以上に増え、1995年以降、現在も注目されるべき事態となっている。
※原文では、このあとも報告が続きます。余力があれば紹介するつもりですが、いったん、ここで止めておきます。
☆★史上最悪の犯罪の一つ
One of History's Greatest Crimes
by Stephen Lendman 2010年9月26日
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http://www.uruknet.info/?p=70149
September 26, 2010
アメリカの隠された歴史は醜く、穏やかならざるものがある。どの国もこれに追随できない。イラクに対してだけでも、この20年間にわたって、大量虐殺と破壊、テロル、占領、そして汚染が現在に至るも続いており、それはぞっとする恐ろしい犯罪の連鎖だが、西側諸国の公式談話には取り上げられることもない。
環境工学を研究しているソアド・N・アル・アッザウィ教授は、『世紀の犯罪--イラク占領と劣化ウラン汚染』と題する報告のなかでそれを取り上げたが、アメリカの犯罪を克明に記録したものとなっている。
アメリカの戦略的目標について、彼女は次のように説明する。
・世界の石油資源と他の天然資源の大半を支配すること
・世界の人口の8割が住む3つの大陸が交差する中東地域に、永遠に居座り続けること
・もし上記2つの目標が達成されるなら、アメリカが世界経済を支配するか、それに等しい事態になるだろう
劣化ウランが広い範囲で使用されるなら、その放射能汚染と化学的毒性ゆえに、それは大量破壊兵器と言える。
食料、空気、水その他を媒介として摂取ないし吸引されると、人体にとりこまれた劣化ウランは何十年も体内に残ることになる。その危険性を報告した既存の論文は、次のURLからリンクすることができる。
http://sjlendman.blogspot.com/2006/01/depleted-uranium-hidden-looming_16.html
この論文は、劣化ウランの継続的使用は地球の生命を絶滅させるだけの潜在的能力を有しているが、その危険性はまだほとんど知られておらず、1991年の湾岸戦争を皮切りにして、アメリカが戦争を起こすところでは、兵器の一部としてミサイルや爆弾、砲弾、弾丸に使用されるのが常態化している。
その危険性は、使用後も残存する放射線から派生する。劣化ウランを使用した弾頭が目標物を貫通すると、その衝撃によって、霧のように飛沫化して飛び散り、周囲の空気、水、土壌を汚染する。それは顕微鏡の世界かそれに近い状態で、永久に続く。
放射能の粉塵となっては大気中に拡散されると、その汚染たるや、激しい頭痛から筋肉痛、疲労全般から重傷の出生異常、感染症、鬱(うつ)病、心血管症、さらには多種多様なガンまで、事実上ありとあらゆる病気を引き起こすことになる。それゆえの身体障害と死も永遠に引き起こされる。
イラクにおけるだけでも、この20年の間に、何百、いや何千トンもの劣化ウランが使用され、国中を放射線が照射し、一部の地域では他の通常レベルを上回っている。2009年10月、マレーシアのクアラルンプールで開かれた、戦争犯罪をめぐる国際会議における彼女の報告の中では、アッザウィ教授はアメリカとイギリスを非難して次のように述べた。
「20年間の長きにわたって、意図的に放射能を使った兵器と制裁によって、じわじわと死に追いやられ拷問されてきたが、それはイラクの国民全体をターゲットにしていた。(こうした)兵器の連続的かつ意図的な使用は、汚染された地域においては、一般住民に対して、戦闘終了後も何十年間も健康被害を及ぼすことになるため、人道的犯罪とされている。」
放射線は、事実として、まだ生まれていない世代に対しても、現在生きている人間に対してと同様、永久に影響を及ぼすのである。
湾岸戦争の期間には、約320トンがイラク南部で使用され、バスラ一帯を汚染した。湾岸戦争後、包括的な調査が行われ、特にバスラ市内とその周辺で検査された結果は、
--ガンマ線レベルが異常に高い。
--39地点で採取された土壌が、自然界での放射線レベルより高かった。
--用水路の堆積物の表面からも、自然界レベルより2倍ないし3倍の放射線が測定された。
汚染が広がって、その地域住民の45%以上とイラク軍兵士、そして多国籍軍の兵士に影響が出ている。結果として、劣化ウラン酸化物で被爆した兵士(および一般住民)は、1000人につき70人の割でガンを発症すると観られている。おそらく発生率は高くなり、他の病気や伝染病とのとの合併症もあるだろう。
その後のバスラにおける追跡調査では、子どものあいだで悪性腫瘍の発生率が5倍以上に増え、1995年以降、現在も注目されるべき事態となっている。
※原文では、このあとも報告が続きます。余力があれば紹介するつもりですが、いったん、ここで止めておきます。
イラキーヤはマリキ続投に反対
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☆★イラキーヤはマリキ続投に反対
Iraqiya says 'no' to a Maliki government
UPI 2010年10月4日
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http://www.upi.com/Top_News/Special/2010/10/04/Iraqiya-says-no-to-a-Maliki-government/UPI-20681286211848/
バグダッド発:
世俗派の連合会派イラキーヤのスポークスマンによると、マリキ首相が続投するなら、イラキーヤはイラク政府に参画することはないという。
元暫定首相のアヤド・アラウィが率いるイラキーヤは、3月に行われた選挙において、2議席差で第一党の座を獲得したが、単独で政府を形成するのに必要な過半数には及ばなかった。
イラキーヤの広報担当であるマイスーン・アル・ダムルジは、イラクの法律によると、まず政府を形成する権利は世俗派政党(イラキーヤ)に与えられた、と強調した。
シーア派のムクタダ・サドルに従うイラクの政党は、1日、マリキ続投を支持している、と発表した。しかし、ロンドンで発行される日刊紙『アッシャルク・アル・アウサト』は、一定の譲歩があるだろうという。
趨勢はマリキに有利で、イラク政府の与党形成に必要な過半数163議席に、数議席足りないだけである。サドル信奉者は3月の総選挙で総議席の約1割を獲得し、バグダッドの政界に重要な影響力を持つことになった。
しかし、アメリカ政府はサドル勢力に大きな影響力を与えることには反対している。イラク戦争の初期においては、サドルはアメリカの軍事行動の攻撃目標になったこともあった。
選挙後に政府が樹立されるまでに要する期間は、10月1日時点で、イラクが最長記録を更新することになった。これまでの記録は、1977年にオランダで記録された207日だった。
☆★イラキーヤはマリキ続投に反対
Iraqiya says 'no' to a Maliki government
UPI 2010年10月4日
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http://www.upi.com/Top_News/Special/2010/10/04/Iraqiya-says-no-to-a-Maliki-government/UPI-20681286211848/
バグダッド発:
世俗派の連合会派イラキーヤのスポークスマンによると、マリキ首相が続投するなら、イラキーヤはイラク政府に参画することはないという。
元暫定首相のアヤド・アラウィが率いるイラキーヤは、3月に行われた選挙において、2議席差で第一党の座を獲得したが、単独で政府を形成するのに必要な過半数には及ばなかった。
イラキーヤの広報担当であるマイスーン・アル・ダムルジは、イラクの法律によると、まず政府を形成する権利は世俗派政党(イラキーヤ)に与えられた、と強調した。
シーア派のムクタダ・サドルに従うイラクの政党は、1日、マリキ続投を支持している、と発表した。しかし、ロンドンで発行される日刊紙『アッシャルク・アル・アウサト』は、一定の譲歩があるだろうという。
趨勢はマリキに有利で、イラク政府の与党形成に必要な過半数163議席に、数議席足りないだけである。サドル信奉者は3月の総選挙で総議席の約1割を獲得し、バグダッドの政界に重要な影響力を持つことになった。
しかし、アメリカ政府はサドル勢力に大きな影響力を与えることには反対している。イラク戦争の初期においては、サドルはアメリカの軍事行動の攻撃目標になったこともあった。
選挙後に政府が樹立されるまでに要する期間は、10月1日時点で、イラクが最長記録を更新することになった。これまでの記録は、1977年にオランダで記録された207日だった。
2010年9月18日土曜日
ファルージャは三日間の服喪を宣言
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☆★ファルージャは三日間の服喪を宣言
アッザマン/azzaman 2010年9月16日付
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http://www.azzaman.com/english/index.asp?fname=news\2010-09-16\kurd.htm
By Omar al-Mansouri
September 16, 2010
イラクのファルージャ市は、米軍とイラク軍の合同攻撃で少なくとも10人以上の市民が殺され多数の負傷者も出たことに抗議して、三日間の服喪に入ると宣言した。
さる9月15日に行われた米軍等による襲撃は、市内に緊張を高め、アンバル州に住む200万人近いスンニ派イスラム教徒とファルージャ市民の怒りを招いた。
イラクに住むスンニ派イスラム教徒の宗教指導者団体として権威のあるイスラム法学者協会は、今回の襲撃を「大量虐殺である」と非難し、これによって2人の子どもも殺されたと証言した。
米軍並びにイラク当局は、この攻撃で殺したのはイラクのアルカイダ・グループと関係を持つ元イラク軍将校だ、と主張した。
しかし、その主張に裏付けはなく、目撃者も市当局も死傷者はすべて民間人だと述べた。
ファルージャ市内の学校、会社、商店は、今回の攻撃に抗議して16日は休業し、アンバル州政府も強い非難を行った。
アンバル州はレジスタンスの主要拠点であり、制圧しようとする米軍の攻撃を繰り返しはね返したところである。米軍はアルカイダと戦ったスンニ派部族の民を雇い入れることによって、辛うじて相対的な平穏を維持しているにすぎない。
知事の顧問であるモハメド・ファシの話によると、アンバル州の当局者たちはマリキ首相に今回の攻撃の調査を行うことを要求している。
ファシは、「カセム知事はマリキと接触したが、マリキは事件の調査委員会を設置することに同意した」と述べた。
ファシは、「犠牲者は、軍の攻撃目標となった家の所有者を含めて、すべて民間人だった」と指摘した。
☆★ファルージャは三日間の服喪を宣言
アッザマン/azzaman 2010年9月16日付
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http://www.azzaman.com/english/index.asp?fname=news\2010-09-16\kurd.htm
By Omar al-Mansouri
September 16, 2010
イラクのファルージャ市は、米軍とイラク軍の合同攻撃で少なくとも10人以上の市民が殺され多数の負傷者も出たことに抗議して、三日間の服喪に入ると宣言した。
さる9月15日に行われた米軍等による襲撃は、市内に緊張を高め、アンバル州に住む200万人近いスンニ派イスラム教徒とファルージャ市民の怒りを招いた。
イラクに住むスンニ派イスラム教徒の宗教指導者団体として権威のあるイスラム法学者協会は、今回の襲撃を「大量虐殺である」と非難し、これによって2人の子どもも殺されたと証言した。
米軍並びにイラク当局は、この攻撃で殺したのはイラクのアルカイダ・グループと関係を持つ元イラク軍将校だ、と主張した。
しかし、その主張に裏付けはなく、目撃者も市当局も死傷者はすべて民間人だと述べた。
ファルージャ市内の学校、会社、商店は、今回の攻撃に抗議して16日は休業し、アンバル州政府も強い非難を行った。
アンバル州はレジスタンスの主要拠点であり、制圧しようとする米軍の攻撃を繰り返しはね返したところである。米軍はアルカイダと戦ったスンニ派部族の民を雇い入れることによって、辛うじて相対的な平穏を維持しているにすぎない。
知事の顧問であるモハメド・ファシの話によると、アンバル州の当局者たちはマリキ首相に今回の攻撃の調査を行うことを要求している。
ファシは、「カセム知事はマリキと接触したが、マリキは事件の調査委員会を設置することに同意した」と述べた。
ファシは、「犠牲者は、軍の攻撃目標となった家の所有者を含めて、すべて民間人だった」と指摘した。
2010年9月12日日曜日
米軍駐留の長期化は公然の秘密
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☆★イラク防衛相、2016年までの米軍駐留を示唆
Iraqi official foresees a U.S. military presence until 2016
ロサンゼルス・タイムズ 2010年9月12日
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http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iraq-troop-presence-20100909,0,6527204.story
By Liz Sly, Los Angeles Times
September 8, 2010
バグダッドからのレポート - イラクがアメリカに発注している膨大な軍事装備や兵器を管理するために、また訓練と支援を受けるために、少なくとも2016年までは、米軍がなんらかの形でイラクに駐留(延長)する必要がある--イラク国防大臣のアブドル・カデル・オバイディが言った。
オバイディはさらに言葉を続けた--情報収集の面でも、2011年以降もイラクは支援を必要とするし、未熟なイラク空軍は自国の領空防衛能力を獲得するのに2020年という期限を設定しており、少なくともそれまで(2020年まで)は米軍の助けを必要とする。
このコメントは、オバマ大統領が米軍の戦闘作戦は終結し、2011年末までに全ての米軍を撤退させるという方針を発表した1週間後、あるインタビューのなかで発言された。2011年末という撤退期限は、2008年にブッシュ大統領とイラク政府との間で合意された安全保障条約にもとづいている。
「いつまで米軍の助けを借りるのか」と質問されたオバイディは、「おそらく無期限だろう」と答えた。「イラクが軍隊を保有し、またイラクが第三世界の国である限り、アメリカの助けを借りる以上の選択肢は、私には考えつかない」と。
彼は、「アメリカと欧州諸国からの差し伸べられた手を振り払うのは賢明ではない」と述べた。11月までの期限付きだが、イラクはイギリスとの間にも、海軍と水上パトロール部隊の育成で支援を受ける条約を結んでいる。
ヌーリ・マリキ首相の側近とみられているオバイディ国防相は、全部隊の撤退期限とされる2011年12月31日以降も、イラクに米軍基地を存続させるという要求を引っ込めなかった。この点について言えば、イラク軍への助言と支援のために、5万人の米軍兵力がイラクに駐留している。将来の駐留形態は次のイラク政府次第であり、アメリカ政府との交渉で決まる、とオバイディは説明した。
しかし、ますます明らかになりつつある事実は、イラクの軍関係者の多くが、米軍内でも同じだが、イラクの治安部隊は米軍の助けを何年も必要とすると考えている、ということである。
先月行われたインタビューでは、イラク軍の参謀総長バキル・ゼバリ大将が、2020年までイラクに米軍がとどまる必要性を語り、ありうる近隣諸国からの脅威に備えるためには米軍が「三つないし四つの基地」を維持することが望ましいと述べた。アメリカ政府高官も、イラク軍は2011年以降も米軍の助けを必要とするだろう、と指摘してきた。
オバイディは、たとえイラク軍が2016年までに国境防衛ができる状態にならなくとも、米軍の助けを借りることは想定してなかったと言った。隣国と平和条約を結ぶなど、国を守るためには他にも方法がある、と彼は説明した。しかし、軍事顧問や軍事トレーナーが必要である以上、彼らを守る軍隊は必要になるだろう、と彼は言う。
イラクは、F16戦闘機18機の購入など、アメリカの兵器130億ドル相当を発注している。たとえ注文が議会で早急に承認されたとしても、それらが遅くとも2013年までに到着するとは思えない。
「われわれは戦車、航空機、海軍の装備などの兵器を持っているが、それは全部アメリカから購入した。2016年までに全部がそろうわけではなく、どうやってその訓練をすればいよい? 専門家や軍事トレーナーの支援が必要であり、彼らもまた生活があり、それを守る軍隊も必要になるだろう」と彼は言った。そうでないと、「これまでのイラクの出費が・・・無駄になるじゃないか」と付け足した。
どのような形態の米軍駐留が必要になるかという問題は、新しいイラク政府が発足して以後の課題となりそうだ。各政治勢力の間での交渉は、今週で7ヶ月目となるが、誰が政権を担うかの合意にむけた進展はまだない。
米軍駐留の継続という問題は、イラク政府でもアメリカ政府でも、政治的に敏感な問題である。次の政府を担おうと野心を燃やすイラクの政治家のなかには、2003年に自分の国を侵略した米軍に駐留延長を求めるリスクを冒そうとする者はいない。
次期政府に発言力を持つであろうムクタダ・サドルを信奉する過激なシーア派勢力は、2011年以後も米軍駐留を認める条約に反対してきたし、これ以上の駐留延長を容認する政府なら支持しないと言明してきた。
隣国イランは、かつて2008年の安全保障条約の調印を阻止しようと厳しいキャンペーンを張り、イラク政府内のシーア派勢力に米軍の長期駐留を認めないよう圧力をかけた。
新政府でも指導的ポストを狙ってるマリキは、オバマ大統領が先週アメリカ国民に向けて行った演説に合わせて、戦闘任務の終結を歓迎するとともに、米軍駐留の長期化を認める政府は支持できないと表明した。
しかし新政府発足後もアメリカの助けを借りようという要求は、それほど物議を醸すようにも見えない、とオバイディはほのめかした。
「街頭でも政治家の間でも、大多数は安全を求めている」と彼は言う。「そしてイラクには、友好国と盟国、それも強い友好国と強い同盟国が必要なんだ」と彼は指摘した。
☆★イラク防衛相、2016年までの米軍駐留を示唆
Iraqi official foresees a U.S. military presence until 2016
ロサンゼルス・タイムズ 2010年9月12日
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http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iraq-troop-presence-20100909,0,6527204.story
By Liz Sly, Los Angeles Times
September 8, 2010
バグダッドからのレポート - イラクがアメリカに発注している膨大な軍事装備や兵器を管理するために、また訓練と支援を受けるために、少なくとも2016年までは、米軍がなんらかの形でイラクに駐留(延長)する必要がある--イラク国防大臣のアブドル・カデル・オバイディが言った。
オバイディはさらに言葉を続けた--情報収集の面でも、2011年以降もイラクは支援を必要とするし、未熟なイラク空軍は自国の領空防衛能力を獲得するのに2020年という期限を設定しており、少なくともそれまで(2020年まで)は米軍の助けを必要とする。
このコメントは、オバマ大統領が米軍の戦闘作戦は終結し、2011年末までに全ての米軍を撤退させるという方針を発表した1週間後、あるインタビューのなかで発言された。2011年末という撤退期限は、2008年にブッシュ大統領とイラク政府との間で合意された安全保障条約にもとづいている。
「いつまで米軍の助けを借りるのか」と質問されたオバイディは、「おそらく無期限だろう」と答えた。「イラクが軍隊を保有し、またイラクが第三世界の国である限り、アメリカの助けを借りる以上の選択肢は、私には考えつかない」と。
彼は、「アメリカと欧州諸国からの差し伸べられた手を振り払うのは賢明ではない」と述べた。11月までの期限付きだが、イラクはイギリスとの間にも、海軍と水上パトロール部隊の育成で支援を受ける条約を結んでいる。
ヌーリ・マリキ首相の側近とみられているオバイディ国防相は、全部隊の撤退期限とされる2011年12月31日以降も、イラクに米軍基地を存続させるという要求を引っ込めなかった。この点について言えば、イラク軍への助言と支援のために、5万人の米軍兵力がイラクに駐留している。将来の駐留形態は次のイラク政府次第であり、アメリカ政府との交渉で決まる、とオバイディは説明した。
しかし、ますます明らかになりつつある事実は、イラクの軍関係者の多くが、米軍内でも同じだが、イラクの治安部隊は米軍の助けを何年も必要とすると考えている、ということである。
先月行われたインタビューでは、イラク軍の参謀総長バキル・ゼバリ大将が、2020年までイラクに米軍がとどまる必要性を語り、ありうる近隣諸国からの脅威に備えるためには米軍が「三つないし四つの基地」を維持することが望ましいと述べた。アメリカ政府高官も、イラク軍は2011年以降も米軍の助けを必要とするだろう、と指摘してきた。
オバイディは、たとえイラク軍が2016年までに国境防衛ができる状態にならなくとも、米軍の助けを借りることは想定してなかったと言った。隣国と平和条約を結ぶなど、国を守るためには他にも方法がある、と彼は説明した。しかし、軍事顧問や軍事トレーナーが必要である以上、彼らを守る軍隊は必要になるだろう、と彼は言う。
イラクは、F16戦闘機18機の購入など、アメリカの兵器130億ドル相当を発注している。たとえ注文が議会で早急に承認されたとしても、それらが遅くとも2013年までに到着するとは思えない。
「われわれは戦車、航空機、海軍の装備などの兵器を持っているが、それは全部アメリカから購入した。2016年までに全部がそろうわけではなく、どうやってその訓練をすればいよい? 専門家や軍事トレーナーの支援が必要であり、彼らもまた生活があり、それを守る軍隊も必要になるだろう」と彼は言った。そうでないと、「これまでのイラクの出費が・・・無駄になるじゃないか」と付け足した。
どのような形態の米軍駐留が必要になるかという問題は、新しいイラク政府が発足して以後の課題となりそうだ。各政治勢力の間での交渉は、今週で7ヶ月目となるが、誰が政権を担うかの合意にむけた進展はまだない。
米軍駐留の継続という問題は、イラク政府でもアメリカ政府でも、政治的に敏感な問題である。次の政府を担おうと野心を燃やすイラクの政治家のなかには、2003年に自分の国を侵略した米軍に駐留延長を求めるリスクを冒そうとする者はいない。
次期政府に発言力を持つであろうムクタダ・サドルを信奉する過激なシーア派勢力は、2011年以後も米軍駐留を認める条約に反対してきたし、これ以上の駐留延長を容認する政府なら支持しないと言明してきた。
隣国イランは、かつて2008年の安全保障条約の調印を阻止しようと厳しいキャンペーンを張り、イラク政府内のシーア派勢力に米軍の長期駐留を認めないよう圧力をかけた。
新政府でも指導的ポストを狙ってるマリキは、オバマ大統領が先週アメリカ国民に向けて行った演説に合わせて、戦闘任務の終結を歓迎するとともに、米軍駐留の長期化を認める政府は支持できないと表明した。
しかし新政府発足後もアメリカの助けを借りようという要求は、それほど物議を醸すようにも見えない、とオバイディはほのめかした。
「街頭でも政治家の間でも、大多数は安全を求めている」と彼は言う。「そしてイラクには、友好国と盟国、それも強い友好国と強い同盟国が必要なんだ」と彼は指摘した。
2010年8月24日火曜日
オバマの「任務達成」宣言
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☆★オバマの「任務達成」宣言
Obama’s “Mission Accomplished”
by Bill Van Auken, WSWS 2010年8月20日
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http://www.wsws.org/articles/2010/aug2010/pers-a20.shtml
World Socialist Web Site
August 20, 2010
ホワイトハウスと米国防総省は、報道機関の奴隷根性に助けられて、さる19日にストライカー旅団がイラクから撤退したことを、イラクにおける「戦闘任務」を完了したと誇張し、7年前にブッシュ大統領が演出したあの呪われた宣言を思い出させた。
しかし、ウソの宣伝を演出するのはブッシュよりオバマの方が上手で、前任者(ブッシュ/訳注)の失敗から学んでいたことは確かである。2003年5月1日、ブッシュは声明を発表するにあたって、「任務達成」と大書された垂れ幕の下、米空母エイブラハム・リンカーンの甲板に降り立ち、イラクでの「主要な戦闘作戦」は完了した、と宣言した。海軍で任務に当たった者たちは、笑顔に満ちたエキストラ役として、その甲板上に集められた。
オバマはといえば、クウェートに飛んで装甲車両の上から同様の演説を行うことをしなかっただけ、ブッシュよりも賢かった。オバマはホワイトハウスから声明を発表しただけで、テレビの放送網と「エンベッド」記者たちにまかせた。記者たちは、クウェートへと国境を超える「最後の旅団」に同行して、政府と軍がお膳立てしたプロパガンダを繰り返したのである。
ブッシュが演説を行った7年前、イラク戦争での米軍兵士の戦死者は139人だった。その後、4300人近くが戦死した。「衝撃と畏怖」作戦における空爆と、2003年3月からのイラク侵攻によって、イラクは切り裂かれ、虐殺の修羅場と化し、アメリカの仕掛けた戦争で100万人以上の命が失われ、その何倍もが負傷し、約400万人が家を失って難民化し、そしてアブグレイブのように米軍の管理する監獄では何千人もが囚われて拷問された。
イラクにおける武力事件は、先月、過去2年間で最悪のレベルに達した。しかし、ここ何週間の流血の惨事で、イラク人犠牲者の数は先月を上回る趨勢である。実際、最後のストライカー旅団が撤退する模様はと言えば、同行記者たちは秘密にすることを誓約させられたが、F16戦闘機と機関砲を備えた攻撃ヘリが上空から援護しなければならない状況であり、そのこと自体がイラク人武装勢力による脅威が続いていることを物語っていた。
イラク人自身にとっては、この数年のあいだは、社会的な破滅と人道的危機が深まるだけであった。人口の半数以上が失業し、仕事をしている者でも4分の1以上が極貧ラインである1日2.2ドル以下の収入しかない。ほとんどのイラク人が、清潔な水、十分な公衆衛生、まともな住居、そして医療からは無縁という状態で、電気もほとんど通じることがない。
このように血に汚れた犯罪的な遺産こそが、オバマの演説を、言葉は慎み深いものの、エゲツなさではブッシュの虚勢を上回るものにしている。
オバマは18日の演説で、「われわれの戦闘任務は今月で終わり、われわれは思い切った兵力の撤収を完遂する」と述べた。「そしてイラク政府との合意のもとに、全兵力を来年末までにイラクから引き揚げる」と。
彼は第2歩兵師団第4ストライカー旅団の撤退を、アメリカの対イラク軍事侵略を終わらせる「一里塚」だと宣言した。
アメリカの報道機関は、こうした演説の短い断片を、アメリカ流儀のミリタリズムを祝う旗の波で飾り立て、この戦争が始めから侵略戦争(戦争犯罪)であった事実、「大量破壊兵器」が存在せずイラクとアルカイダは無関係だった点でもアメリカ国民はウソでだまされてきた事実を曖昧(あいまい)なものにした。
オバマはその演説のなかで、「責任をもってイラク戦争を終わらせる」という決断を定式化すると繰り返したが、アメリカ国民への責任については何も触れなかった。
・・・・(中略)
これらの短い言辞は、一連のウソとつながっている。今回の米軍の部分撤退は、オバマが大統領選挙のキャンペーンで行った公約とは異なっている。当時、彼は16ヶ月以内にイラクから全米軍部隊を引き揚げると言っていた。今オバマが口にしている撤退期限は、2008年にイラク政府と結んだ(米軍駐留の)地位協定にブッシュが盛り込んだ内容である。
撤退期限の件を棚上げするにしても、イラクから全部隊を撤退させるというオバマの公約は、2011年末までイラクに5万人の米軍兵力を残すというものにスリ替えられている。居残り部隊も、今回クウェートに引き揚げた部隊も、違いがあるわけではない。居残り部隊は、イラクに残って「助言と支援」を行うだけの「過渡期」な兵力だと呼び名が変わっただけで、彼らも戦闘作戦を遂行する完全な能力を持っていることに変わりはない。
米軍の飛行部隊と攻撃ヘリは、今もイラクの領空を支配しており、2011年12月までずっとその任務を続けるだろう。そして特殊部隊も、対ゲリラ作戦と「標的を定めた」殺人任務を遂行(要するに暗殺/訳注)するために、イラクに残っている。
しかも、2011年12月を期限として、全米軍部隊の撤退が実現すると信じる者は、軍事や外交政策に関わる機関の中には一人もいない。
さらに、ニューヨーク・タイムズが19日付で報道したところによると、アメリカの国務省は、自前の兵力として民間人7000人からなる「警護要員を雇い入れる」計画を策定中である。そうした傭兵部隊は、植民地スタイルの要塞に配置されたり、「緊急即応部隊」として編成され、軍の一翼を担うもので、国務省が国防総省に配置転換を要請している。
☆★オバマの「任務達成」宣言
Obama’s “Mission Accomplished”
by Bill Van Auken, WSWS 2010年8月20日
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http://www.wsws.org/articles/2010/aug2010/pers-a20.shtml
World Socialist Web Site
August 20, 2010
ホワイトハウスと米国防総省は、報道機関の奴隷根性に助けられて、さる19日にストライカー旅団がイラクから撤退したことを、イラクにおける「戦闘任務」を完了したと誇張し、7年前にブッシュ大統領が演出したあの呪われた宣言を思い出させた。
しかし、ウソの宣伝を演出するのはブッシュよりオバマの方が上手で、前任者(ブッシュ/訳注)の失敗から学んでいたことは確かである。2003年5月1日、ブッシュは声明を発表するにあたって、「任務達成」と大書された垂れ幕の下、米空母エイブラハム・リンカーンの甲板に降り立ち、イラクでの「主要な戦闘作戦」は完了した、と宣言した。海軍で任務に当たった者たちは、笑顔に満ちたエキストラ役として、その甲板上に集められた。
オバマはといえば、クウェートに飛んで装甲車両の上から同様の演説を行うことをしなかっただけ、ブッシュよりも賢かった。オバマはホワイトハウスから声明を発表しただけで、テレビの放送網と「エンベッド」記者たちにまかせた。記者たちは、クウェートへと国境を超える「最後の旅団」に同行して、政府と軍がお膳立てしたプロパガンダを繰り返したのである。
ブッシュが演説を行った7年前、イラク戦争での米軍兵士の戦死者は139人だった。その後、4300人近くが戦死した。「衝撃と畏怖」作戦における空爆と、2003年3月からのイラク侵攻によって、イラクは切り裂かれ、虐殺の修羅場と化し、アメリカの仕掛けた戦争で100万人以上の命が失われ、その何倍もが負傷し、約400万人が家を失って難民化し、そしてアブグレイブのように米軍の管理する監獄では何千人もが囚われて拷問された。
イラクにおける武力事件は、先月、過去2年間で最悪のレベルに達した。しかし、ここ何週間の流血の惨事で、イラク人犠牲者の数は先月を上回る趨勢である。実際、最後のストライカー旅団が撤退する模様はと言えば、同行記者たちは秘密にすることを誓約させられたが、F16戦闘機と機関砲を備えた攻撃ヘリが上空から援護しなければならない状況であり、そのこと自体がイラク人武装勢力による脅威が続いていることを物語っていた。
イラク人自身にとっては、この数年のあいだは、社会的な破滅と人道的危機が深まるだけであった。人口の半数以上が失業し、仕事をしている者でも4分の1以上が極貧ラインである1日2.2ドル以下の収入しかない。ほとんどのイラク人が、清潔な水、十分な公衆衛生、まともな住居、そして医療からは無縁という状態で、電気もほとんど通じることがない。
このように血に汚れた犯罪的な遺産こそが、オバマの演説を、言葉は慎み深いものの、エゲツなさではブッシュの虚勢を上回るものにしている。
オバマは18日の演説で、「われわれの戦闘任務は今月で終わり、われわれは思い切った兵力の撤収を完遂する」と述べた。「そしてイラク政府との合意のもとに、全兵力を来年末までにイラクから引き揚げる」と。
彼は第2歩兵師団第4ストライカー旅団の撤退を、アメリカの対イラク軍事侵略を終わらせる「一里塚」だと宣言した。
アメリカの報道機関は、こうした演説の短い断片を、アメリカ流儀のミリタリズムを祝う旗の波で飾り立て、この戦争が始めから侵略戦争(戦争犯罪)であった事実、「大量破壊兵器」が存在せずイラクとアルカイダは無関係だった点でもアメリカ国民はウソでだまされてきた事実を曖昧(あいまい)なものにした。
オバマはその演説のなかで、「責任をもってイラク戦争を終わらせる」という決断を定式化すると繰り返したが、アメリカ国民への責任については何も触れなかった。
・・・・(中略)
これらの短い言辞は、一連のウソとつながっている。今回の米軍の部分撤退は、オバマが大統領選挙のキャンペーンで行った公約とは異なっている。当時、彼は16ヶ月以内にイラクから全米軍部隊を引き揚げると言っていた。今オバマが口にしている撤退期限は、2008年にイラク政府と結んだ(米軍駐留の)地位協定にブッシュが盛り込んだ内容である。
撤退期限の件を棚上げするにしても、イラクから全部隊を撤退させるというオバマの公約は、2011年末までイラクに5万人の米軍兵力を残すというものにスリ替えられている。居残り部隊も、今回クウェートに引き揚げた部隊も、違いがあるわけではない。居残り部隊は、イラクに残って「助言と支援」を行うだけの「過渡期」な兵力だと呼び名が変わっただけで、彼らも戦闘作戦を遂行する完全な能力を持っていることに変わりはない。
米軍の飛行部隊と攻撃ヘリは、今もイラクの領空を支配しており、2011年12月までずっとその任務を続けるだろう。そして特殊部隊も、対ゲリラ作戦と「標的を定めた」殺人任務を遂行(要するに暗殺/訳注)するために、イラクに残っている。
しかも、2011年12月を期限として、全米軍部隊の撤退が実現すると信じる者は、軍事や外交政策に関わる機関の中には一人もいない。
さらに、ニューヨーク・タイムズが19日付で報道したところによると、アメリカの国務省は、自前の兵力として民間人7000人からなる「警護要員を雇い入れる」計画を策定中である。そうした傭兵部隊は、植民地スタイルの要塞に配置されたり、「緊急即応部隊」として編成され、軍の一翼を担うもので、国務省が国防総省に配置転換を要請している。
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